2007年 03月 18日 ( 1 )

マッカーサーが厚木に降りて、最初に日本がしたことは、進駐軍の慰安所を作ったことだ

Excite エキサイト : 国際ニュース
歴史的真実ごまかすな 韓国、日本の答弁書を批判 [ 03月17日 21時25分 ] 共同通信

学生時代に何かの本で、マッカーサーが厚木に降りて、最初に日本軍がしたことは、公娼の民間業者に頼んで関東中の公娼を集めて、進駐軍の了解と協力を得て、進駐軍の慰安所を作ったことだ、と読んだことがある。なぜ覚えているかというと、その急募した公娼の数では足らなくて、一般公募のポスターを作って、「進駐軍に対する対応業務」とか言う仕事の内容で募集をしたという。既に食べ物がない時代だったので、多くの若い女性が応募して来て、今問題になっている慰安婦になったそうだ。父親は戦死、母は戦災で死亡し、幼い兄弟を食わせるため、中には普通の家庭の男性経験の全くない若い女の子も沢山いて、身体を売るという話を聞いてやめる子もいたが、国を救うためだとか言われて、意を決して泣く泣く公娼になったそうだ。ただ、白人、黒人の大男たち相手、勝利軍として女を犯すわけであるから、非常に暴力的で体を壊して長続きできない女の子が多かったそうだ。若い兵士の長い長い列が黒人だけの列、白人だけの列が出来て異様であった、と書いてあったと記憶する。
この手の占領地における公娼について、勿論、日本軍と日本兵のことも書いている本は結構沢山あるはずであるから、今からでも探して公表したらどうか。ぼくが読んだ本には次のような描写が書かれていた。
兎に角、慰安所の女性は一日に数百メートルの列に並んだ数百人の相手をしなければならず、ベテランのお姐さんが若い子が痛みに苦しんでいる姿をみて「私が代わってあげる」とか義侠心を発揮したりした場面があったと記憶する。強姦とかなんとかという閉ざされたイメージではなく、野原にトイレみたいな小屋が数軒あって、そのドアの前から長々と列が続いているという光景であったと記憶する。そして兵士の右手には、公娼に支払う紙幣が握られていた、というような・・・。
このお陰で、東京の米兵による暴行や強姦が随分防げ、兵の暴行や強姦に悩んでいた米軍のトップが、これはすばらしい対処方法だ、と非常に感謝していたそうだ。当時のマスコミには出なかったが、米兵の暴行、強姦がそれでも沢山あったという。
日本兵の軍律は非常に厳しく、おそらく皆さんが想像する以上に、軍隊のオフタイムの間でも、非常に優しく、モラルの高い、良い人たちの兵隊であったと想像される。軍隊の強さはその軍の軍律と兵士の知的水準に正比例するものだという。日本軍は強かった。でないと、イスラム教での自爆テロと違い、無宗教の日本で特攻隊なぞできるはずがない。だから、中国と韓国以外のアジアの国々では、当時、英米に協力した一部の例外の除いて、終戦後、日本残留兵と独立戦争を一緒に戦ったり、当時の日本兵を一般的には悪く言わない。ただ十代から二十代の若者だから性的な処理は必要であった。それがないと男同士の契りが増えて、軍律上まずいということがあったと記憶する。
中国や東南アジアで、日本軍も進駐軍の米軍と同じように、占領地における血走った兵の凶暴さを知っていたから、民間業者による公娼慰安所を作ることを黙認していた、ということだ。世の常なのだ。
この米軍進駐軍の対応を当時の関係者に書いてもらい、今のアメリカのニューヨークタイムズ紙に投稿したらどうか。
a0089830_6552997.jpg

by ys1042734 | 2007-03-18 03:57