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日本の閉塞感、日本の憂鬱

日本という国はアジア諸国から色んな意味でお手本になっていた。ある時は経済・産業面、ある時は教育面、またある時は政治システムや官僚システムなどである。中国、台湾、韓国、マレーシア、ベトナム、インドなど、彼らは日本の良い所から学んで自国の発展にそれを活かしてきた。

昨年の秋、ある金融関連のカンフェランスがあってシンガポールに行ったとき、中国人や韓国人のビジネスマンがアジア各国から集まってきた会議出席者に対して、その金融分野の話を英語で講演という形でプレゼンをしていた。

20年ほど前、その金融分野について中国人や韓国人が日本に学びに来て、日本人は丁寧に教えてあげたものだ。しかし今は日本人ではなく彼らがアジア諸国の参加者に教えている。中国人や韓国人は英語のできる裾野が広いから、それができる。日本人で仕事ができてその内容にも精通していて、しかも英語で質疑応答できるものは少数なので、その少数の人々はもっと忙しい。したがって、そのようなメリットの薄いカンフェランスには出てこない。

戦後の日本の経済成長を見て、日本の崇拝者であったシンガポールの初代首相リー・クアンユー氏は、昨年日本に来て、「今の日本は将来こういう国になりたい、という日本国民に対するメッセージがないからダメだ。」といったそうだ。

テレビに出てくる菅首相の顔をみて、メッセージを出せないのか、出さないのか、を考えてみた。どう見ても、出さないというより、何もないので出せないのだ、と思うより他はないのである。
by ys1042734 | 2010-08-22 08:14 | 時事・政治
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