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政権交代への流れが始動

Excite エキサイト : 経済ニュース

<ガソリン>駆け込み需要がピーク 元売り各社は配送強化 [ 04月29日 20時28分 ]
毎日新聞社


政権交代への流れが始動し始めた。

自民党はこの時期にガソリンを上げることの国民に与えるマイナスイメージを理解していないのだろうか。地方自治体や財務省など税金の吸引・消化機関がこのガソリン税の復活を切望するのは判るが、この復活で一番ダメージを食らうのは自民党。

道路特定財源の2.6兆円を復活させたために、次回の衆院選で自民党が政権与党から野党に転げ落ちる。ぼくはそう読む。いくら日本が土木建設国家であり、土木建設業に従事する人口が先進国の中で異常に飛びぬけて多いと言われても、土木建設従事者よりガソリン代を支払っている一般国民の方が圧倒的に多いからだ。

いろいろな利害が複雑に絡んでいるとしても、やはりここはテレビや新聞などで指摘があるように特定会計の170兆円余の締め付けをキチットすべきであったのだろう。

道路特定財源の無駄遣いばかりスポットライトを浴びせているが、特定会計も同じと見る。道路特定財源は道路族官僚の天下り先の財源であるが、特定会計は全省庁の天下り先の財源。これは人(国民)のお金を合法的に取り上げて(税制度)、私腹を肥やすシステム(天下りへの多額な報酬)である。

目の前の悪臭を放つドブをさらうのも必要であるが、その上流の悪臭元となっている汚物の大貯蔵池をキレイにしなくては意味がない。高度成長期には有益であったその大貯蔵池と排水溝ネットも、これからの少子高齢化社会には無用の長物、というより百害あって一利なし、である。

マスコミは判っていてもここをあまり叩かない。記者クラブ制のなか、官僚からの個別リークを口をアングリ空けて待っているマスコミは、今の官僚に完全にシモベ化されている。だから思い切った反発はできない。

民主党が政権を獲ったとしても一朝一夕には変わらないが、いままで官僚に必ずしも厚遇されていなかった民主党議員は沢山いるから、自民党のように一方的に手玉にされることはないと思う。
by ys1042734 | 2008-04-30 05:52

この種の事故はなくならない

Excite エキサイト : 社会ニュース

<飲酒死亡>一橋大の新入生、寮歓迎会後に死亡 急性中毒か [ 04月28日 11時36分 ]
毎日新聞社


ぼくの若い頃、大学に入る前は自宅でビールを若干口にするぐらいであった。大学に入って入部したヨット部。ここの春の合宿の新入部員歓迎会ではじめてお酒を浴びるほど飲まされた。海辺の大学の寮で誰気兼ねなく騒げた。

ラーメンドンブリに一升瓶から直接並々日本酒を注がれて、それこそ一気飲み。先輩たちが手をたたきながら急かす中、一年生全員が自己紹介の後、一気飲みをした。これがシキタリと言う。

一気飲みをするとそのうち目が廻り始め、横になると天井がグルグル回転していた。先輩のだれから布団の敷いてある部屋に運んでくれて朝まで眠った。夜中、気分が悪くなり、布団の横でモドシタ記憶もあるが、誰かがきれいに掃除をしていてくれたらしい。朝にはその跡はなかった。

もし心臓などに本人も知らない先天性の欠陥でもあれば、ああいう飲み方では死ぬのかもしれない。

春はこういう歓迎会が沢山行われる。中には乱暴な飲み方をしたり強要されたりすることもあるだろう。自分の体験としてはいやな思い出でもないし、あれからの学生生活、社会人になってからもお酒をある程度飲まされる機会があり、部活での一気飲みの経験が役立った。自分のお酒の限界量がわかるようになったのだ。

未成年者の飲酒は厳禁?としても、以前も急性アルコール中毒で学生が死亡したケースがあったはず。

これからもおそらくこの種の事故はなくならないと思う。
by ys1042734 | 2008-04-29 08:33

官僚主導の日本国運営は限界

Excite エキサイト : 政治ニュース

<衆院山口2区補選>民主・平岡秀夫氏が当選確実 [ 04月27日 20時10分 ]
毎日新聞社


官僚の言うとおりのことしかできない福田政権の限界が明確になった。道路特定財源、日銀総裁選出では財務省、後期高齢者医療保険では厚労省。もう官僚の書いたシナリオどおりには行かなくなった。

ねじれ国会で参院の多数を民主党がとっているということが直接原因であるが、この山口選挙でこれら民主党の反現政権の一連の動きが民意でもあることが証明された。

前にも書いたが、官僚主導の日本国運営は限界に来ている。既に1990年代中ごろ、それは終わっている。しかしそれに変わる国家運営モデルが出来ていないので、官僚たちの陰湿な抵抗が続き、その抵抗がある程度成功を収めてきた。

官僚主義の別名は統制国家であるから、21世紀の日本を展望した場合、この統制国家を続けることは無理であろう。国民に日本が経済的に縮小均衡していくという覚悟があるのであれば別であるが、それはない。

新しい国家運営モデルとは欧米の一般的な国家の運営方法でもある政治家主導の国家運営である。議会制民主主義のメカニズムの本質がそこにある。国民の選んだ政治家が政策を立案し、国家を運営する。官僚はその政策に基づく事務屋に徹する。これが普通なのである。

本来であれば5年ぐらいでモデルチェンジすべきであったが、10年たってもまだ半分も改革できていない。日本はあまりに政治家のレベルが低すぎる。政治家のレベルが低いと言うことは国民の民度が低いと言うことであるが、国民の民度が低いということは教育システムとマスコミのレベルが低いと言うことである。特に、政治の問題ではほとんどがマスコミの問題。マスコミがポピュリズムに陥りすぎていることが問題。マスコミ人としての職業的倫理感の欠如である。ぼくがマスコミ批判を続けている理由はここにある。

時間はあと5年ぐらい。民主党の若手政治家の中には日本のダメな国家運営のメカニズムを判っている人たちもいそうであるので、これら若手の政治家に掛けるしか道はない。できるかどうか判らないが、日本には時間があまりない。
by ys1042734 | 2008-04-28 04:47

良くない現象

Excite エキサイト : 社会ニュース

<青学准教授>「光事件、死者1.5人」 ブログ記載で謝罪 [ 04月26日 12時20分 ]
毎日新聞社


感情に流されない学者らしい見解で、共感できる部分も少なくない。ブログをよく読むと、光市事件での殺人の人数を1.5としたことは、赤ちゃんの死亡が故意殺人なのか過失致死なのかわからない、と言うのがその前提根拠で、罪の重さを1か0、すなわちオールオアナッシングでなくその中間を取ったとなっている。少なくともぼくの知った情報の範囲では。

しかしマスコミ(最初は週刊誌だと言う)に伝わっている内容が赤ちゃんだから人数を0.5としたと歪曲されていることがわかる。

中身をよく知らないで批判することはよくあるのだが、良くない。こう言う自分も記録映画「靖国」では反日映画だと、映画を見ないで決めてしまうところだった。

それにしても、いまのブログへの個人攻撃の風潮は良くない。この件でも多くの攻撃が准教授のブログにあったようだし、青学へも多数の電話抗議があったそうだ。

何なんであろうか。この現象は?

週刊誌や新聞やテレビの中で、自分にとって気に食わない内容の記事やコメントについては、このWEB時代、その発信元や発信元周辺にメールやコメントで個人攻撃の嵐がやってきているのだろうか。

先週、あるAV女優に転向した元グラビアアイドルが、自分のブログへの書き込みによる非難、攻撃を受け、悩んだ末に硫化水素で自殺したそうだ。

こうなると小中学生による裏サイトにおける校内イジメ問題と同じである。

青学の件などは、攻撃内容がどちらかと言うとメジャーマスコミのスタンスに立っているから悲しい。具体的に光市の事件で言うと、本村さんという被害者遺族支援であり、安田弁護士非難であり、当然ながら被告非難というスタンスである。

別の見方をすればこれはメジャーなスタンスであるから、攻撃対象の少数意見は、ほっといても様々な批判、プレッシャーなどを受けるものである。したがって無視するのが自然の流れだと思うが、積極的に個人攻撃という形で行動に出るのはなぜか。WEB時代の集団行動学というか社会行動学というか、研究対象として興味がある。

この風潮はすでに倒れている者を更に足蹴にするような現象であり、良くない兆候である。
by ys1042734 | 2008-04-27 03:57

世界の平和の祭典の意味

Excite エキサイト : 社会ニュース<聖火リレー>有森裕子さん「平和の大切さ伝えたい」 [ 04月26日 00時45分 ]
毎日新聞社

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ミュンヘンのフィッシュというお祭りとフランクフルトの市場前の写真

有森裕子さんの話は今回のケースで、アスリートとしての限界と現実の問題を整理した立派なコメントだと思う。有名人たる各聖火ランナーの話を全部聞いたわけではないが、平和裏にやりたかったとか、政治を持ち込むのは残念だとか言っていた元プロスポーツ選手やアスリートたちがほとんどの中で、輝くコメントである。

こっちはハッピーに、楽しくやりたいのだから、暗いメッセージをする者(チベット弾圧抗議)はあっち行けとか、介入しないで欲しいというのは平和ボケ過ぎる。

オリンピックが「世界の平和の祭典」の象徴であり、それが世界の人々の願いだとすると、今の世で、その"平和"が与えられていない民族や人々が「僕らは平和でも幸せでもないので、お願いだからオリンピックを楽しむ人々よ、僕らのことを知って、できれば助けてください。」とメッセージすることはあっても良い。

近代オリンピックにおいては、オリンピックは世界の祭典であるが、悲しいかな世界は平和ではなく、現状不幸な状態に置かれている弱い立場の人々がいるという現実がある。その人々が政治的に利用しようとするのは当然である。当然と言うか仕方がないのである。世界の人々はその現実は認める必要がある。

政治的な活用と言う点では、レニ・リーフェンシュタールによる2部作の記録映画『オリンピア』が語っているように、1936年、ナチスドイツが国を挙げて国威発揚の具としてオリンピックを活用したのに比べれば、立場の弱い人々が世界の人々に自分たちの惨状を直訴するという政治的行為の方がまだまだましなのである。
by ys1042734 | 2008-04-26 20:27

団結力と黄禍論

Excite エキサイト : 社会ニュース
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北京の王府井の一コマ


本当にこれからの日本は中国との付き合い方をどうするか、今朝の長野市の聖火リレーに声援を上げる多数の中国人を前にして考えてしまった。

テレビに映っていた若い中国人留学生たちも、情報が自由な日本で学んでいるのだろうから、テレビや新聞、雑誌などから、チベットを弾圧する今の中国に対する世界の厳しい目、また、そもそも政治に拘束されない個人の自由や民族自決の原則、民主主義というものを当然判っているはずである。

しかも一般的には正義感が強いと言われる若い世代、その中国人たちである。

しかしその若い人たちは、自分が学びに来ている他国で、自国の支援のために大きな旗を振り、シュピレヒコールを上げる。日本人にはできないことばかりである。

一般的には、日本人として日本人を愛し、日本と言う国を愛することは出来ても、オリンピックという具体的なイベントについては、いろんな意味で一定の距離を置くかもしれない。日本人であれば国は国、自分は自分という考えがどこかにあり、もろ手を挙げて母国支援という形で、今朝の中国人のように一致団結は出来ないと思う。

ところが今朝の若い中国人のあの声援である。純粋に愛国青年たちになっている。その団結力というか、単純な愛国心というか、なかなか日本人にはできないし、先進国の中でも集団的にこういう心理に陥る国民を知らない。そこには何ともいえない後進国性を感じる。かつて黄禍論が欧米で流布した背景が理解できるような感じがする。黄色人種に対する白人の警戒心を中国人が盛り上げてしまった背景が・・・・。

20世紀に入り日本人も米国その他の国で移民制限を受け出したが、欧米人にとって中国人も日本人もその違いが判らなかったに違いない。だから東洋人ということでひと括りにされた。

本当に中国人と日本人、この両民族の違いに、ある意味絶望的な壁を感じる。

もしも将来東京にオリンピックがきたとき、中国の首都北京で数千人の日本人が大きな日本国旗である日の丸をあげて、あのような声援をするだろうか。今回はチベット騒動と言う特別の愛国心高揚の出来事があったことを考慮しても・・・。恐らく日本人は小旗を振るぐらいならやると思うが、今朝の中国人のよな強気な行動にはでないと思うし、中国政府も決して許さないであろう。

中国人と日本人は本当に違う民族である。

軍事力の弱い今の日本に対して、将来、中国は対等に付き合う気があるのか。それとも武力を背景にした脅迫で日本を一方的に平伏させるのか。それとも世界で最高の核武装を日本がすれば、対等の付き合いが出来るのか・・・。

中国が圧倒的に隆起する21世紀に生きる日本人のためには考えておかなければならない課題である。
by ys1042734 | 2008-04-26 11:06

日々感想

Excite エキサイト : 社会ニュース

<聖火リレー>長野で26日 市は危機警戒本部を設置し対処 [ 04月24日 22時52分 ]
毎日新聞社

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長野市での聖火リレー。中国人の留学生などが長野へ向かうバスツアー30台が旅行業法違反で中止になりそうだとか。と言うのも不特定多数を募集するツアーは業法の規制が入り、募集表現などについてルールがあるそうな。

ドイツやオーストラリアでは中国大使館が中国国旗をデモ隊に配布し、はっきりした証拠はないが官製デモの可能性も否定できないとか。ということは国内の共産党一党独裁は海外でもその威力を発揮していると言うことで、普遍的な愛国心ゆえと言うより、国費留学生もいて弱い立場の留学生であるから、現中国政権におもねらなければならない事情があるのかもしれない。

オーストラリアでは聖火防衛隊のブルーマンは2名しか認めず、10名ぐらいは伴走したフランスやロンドンのスタイルは拒否したそうだ。日本も同じであろう。

星野監督が自分はチベットも中国も関係なく、スポーツ選手として走るとテレビで言ったそうな。自分は単なるスポーツバカだから政治はわからないと言いたかったのか、政治的なことはややっこしいから避けたいと言いたかったか。

そもそも20世紀のオリンピックは、非常に政治的に利用されたスポーツ祭典であると言うことを星野監督も勉強して欲しい。スポーツバカでは済まされない。すでに巻き込まれているのだから。

こういう人間は戦時中も沢山いて、その分野の専門家バカを装って、戦争を鼓舞する映画を撮ったり、小説を書いたりしたものだ。自分は戦争に協力したわけではない、職業である自分の専門分野の仕事を全うしただけだ、と。

ブログを時々読んで違和感を覚えるのは、右翼とか左翼とかいう言葉が頻繁に出てくることである。海外の社会主義や共産主義の政権が20年近くまえにほとんど消滅しても、左翼と言う言葉は単純に社会主義者や共産主義者を指す言葉であると言うことなのか。しかし、今更、社会主義者や共産主義者でもないだろうに・・・。

右翼という言葉もよく判らない。かつて右翼という言葉は、左翼と言う言葉の相対的な意味で理解できた。しかし、今は左翼が曖昧となっているので、右翼という言葉が曖昧になってしまった感がある。

街宣車の人たちを右翼と呼ぶのか。そうすると右翼という概念は日本固有のものなのか。海外では使えない概念か。まさか米国の右翼は戦闘服を着て街宣車で路上演説はしないだろうから・・・。

やはり言葉の使い方を間違えている。街宣車の人々は本当にそうかは判らないが、国粋派とか皇道派と言うのが正確ではないか。

左翼とは志位さんとか福島さんを言うのかね・・・(笑)。
どうも判らない。

日本の左翼とはかつて社会主義や共産主義を信奉していた人々で、そのため人生が曲がってしまって、社会を斜めにしか見ること出来ず、どこかでまだ、かつてのコミュニズムという思想を吹っ切っておらず、北朝鮮や中国に郷愁みないなものを感じている人々、という定義でどうだろうか。
by ys1042734 | 2008-04-25 03:49

非常に単純な過失と重大な結果

Excite エキサイト : 社会ニュース

<米国産牛肉>「発送ミス」が原因 出荷元が声明 [ 04月24日 12時03分 ]
毎日新聞社


医療事故の話で、間違えて違う薬を点滴に投入して患者を死亡させてしまうことが重過失かどうかという論議があった。ミス自体は薬の入ったビンを間違えたという非常に単純な過失であるが、死亡と言う重大な結果が生まれた。

ちょっとしたミス、軽いミス、しかし重大な結果を生んだ。これはケアレスか否かが問題ではなく、結果が問題なのである。

今回の話も発送ミスであり、単純ミスであると言いたいのであろうが、結果は日本においては非常に問題であるとしている背骨入りの牛肉を送っているのだから、結果は重大である。

信用の問題である。

以前からBSEが発生している米国産牛肉は危険ではないかと言われているように、信じるか信じないかの問題であるが、今回で危険部位混入は2度目であるから、答えは自ずから明白。

スーパーマーケットの産地表示は正確にされているのであろうか。
by YS1042734 | 2008-04-24 13:50

不謹慎ではなるが、楽しみ

Excite エキサイト : 社会ニュース

<聖火リレー>第1走者に星野仙一氏 残りの区間は公表せず [ 04月23日 20時54分 ]
毎日新聞社

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デモ対策や沿道警備で優秀な日本の警察力と、今回のチベット弾圧抗議隊とのやり取りが、不謹慎ではなるが、楽しみである。日本の警察であるからキレイに押さえ込むのではないかと思っている。

日本では外国の出来事に対するデモで大きな事件になったことはほとんどないし、ましてや外国人が大々的に自国の主張顕示のために大々的にデモをすることはなかった。今回警察がどう対応に出るか興味津々である。

ヒラリークリントンがペン州の予備選で、また死なないで頑張っている。女性は強い。このまま特別選挙人選挙までもつれ込むことが確実になった。まだまだ大統領選挙予備選のニュースは続きそうだ。
by ys1042734 | 2008-04-24 04:11

死刑判決は反対

Excite エキサイト : 社会ニュース

安田弁護士に逆転有罪判決 東京高裁 [ 04月23日 14時09分 ]
共同通信


昨夜から今朝にかけてエキサイトブログがクローズしてしまったので、光市母子殺人事件の判決に関するブログを書き込みできなかった。

以前、この事件についてはあまりに犯人の少年の死刑を期待する声が多いので、あえてぼくは少年の死刑判決は反対である旨、何度かこのブログに書いた。

何故かと言うと、他のブログにあったような、自分が裁判官だとすれば絶対に死刑判決だとか、被害者の気持ちに立てば死刑以外考えられないとかでなく、一個の人間を殺すか生かすかの裁判であるのだから、もっと真摯な気持ちで考えるべきであり、気楽な野次馬気分になって、死刑だ、死刑だ、とかいう主張は、19世紀以前のリンチ裁判の声を聞くようで、すべきでないと思ったからだ。こういう問題への軽率さが不愉快で堪らなかった。

さらに安田弁護士への非難の声を耳にすると、自分にとって不快な者や反対意見の者はつぶせという硬直化した傲慢さを感じ、嫌悪感を持った。

こういう一般大衆の声を聞くと、いつの時代にもある衆愚政治の恐ろしさ、現代の大手マスコミが誘導する世論の弱さと怖さをつくづく感じた。

安田弁護士は死刑反対という自分の信念のために無料に近い弁護料で闘っているのだから、お金さえ沢山もらえば有罪の犯人の弁護も買って出て、有罪すら無罪にしてしまう守銭奴弁護士よりずっとましだと思う。そうは言ってもその守銭奴弁護士も、"お金"という信念で仕事をしている訳であるから、決して否定するものでもないが・・・。

結局、この少年の死刑はほぼ確定してしまった。一審と二審は検察の創ったシナリオに被告と弁護士が合わせてしまった可能性が否定できない。だから真実は永遠に闇の中ということになりそうだ。

この死刑は実質決まってしまったので仕方がないが、世論の在り方は本当にこういうスタイルで良いのか。

こんな世論形成だと、いつでも日本は昔の官僚が主導するファッショ的拡大主義の国家に戻ってしまう・・・。
by ys1042734 | 2008-04-23 20:18